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 果たしてこの選択は正解だったのだろうか。形無しの物体を見つめて、彼は立ち上がった。

 嘗て親しい友人がいた。互いに自分が一番の理解者であると自負し、好みや性格、何だってわからないものはなかった。例えばここに、嘗ての彼と類似した人間が二人、現れたとする。そう、一瞬で見抜けるはずなのだ。しかし、暑さにやられたのか、脳が水飴のように溶けてしまったようだ。どうやらこれが、現実らしいことに漸く気づいた。
「どうしてわからない?」
「どうしてだろうな」
「忘れてしまった?」
「いや、大事な思い出だ」
「悲しいな」
「…俺もだよ」
 暑い。この猛暑の中どうして彼は帰ってきたのか。本来なら縁側で寛ぎ猫を撫でているところだろうに。妹に西瓜でも切らせて、早く涼みたい。こんな現実など望んでいない、これは昔の話だ。遠い昔の話だろうに、今更何を話そうと言うのだ。
「…かさね」
「なあに?」
「お前はどちらだと思う」
「さあ、わからないわ。私は、葛粉を水で溶かしたこともないのだから」
 そう、この場を茶化すように言った彼女は、眉をしかめた兄を見て、トントンと軽い音を立て台所へ向かった。葛粉は葛(つづら)のことを指すのだろう。私は、彼に触れたこともないのよ、と。
「かさねちゃん、大きくなったな」
 ふと、左の彼――葛かもしれない人物――が言った。彼は、かさねのことを覚えているらしい。
「昔は可愛いもんだったがな、今では意地悪くなったものだ」
「そうか。まぁ、それもいいと思うがな」
 笑みを浮かべ彼は言う、此方が本当の葛なのか。かさねを知っていることは、重要だ。何故なら、かさねとの面識がある。いつかの、小さくて可愛らしい妹を思い浮かべた。そこで、ふと気がついた。あまりにも似ているものだから、判別がつかないのは仕方がないのではないか。過去の姿は記憶にあるが、現在の彼と会うのは初めてなのだ。言ってしまえば、初対面のようなものである。初めての人間を、過去と照らし合わせて見つけるのは不可能…いや、難しいものだ。そう、内心で言い訳をした。
「葛…ラムネを」
「ラムネ?」
「そう…ラムネを持ってきてくれないか」
 シン…とした中で、言葉を発するのは何とも嫌な心地がする。喉が渇く。葛、お前も知っているんだろう。互いに、相手のことは隅々まで、何だって話したのだから。
「用意しよう」
「了解、持ってくるな」
 それぞれが立ち上がる。それに続き、だらしなく放っていた足を動かし立ち上がった。これは賭けだった。
「わかるよな?」
「ああ、わかるさ」
 友情は、いつまで試されるものなんだろうかと、温いため息を呑み込んだ。

***

おわり

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